1 | ピュアネス
皆守の勤務態度は高校生のときを思えば信じられないくらい、ごくごく真面目のはずなのにアルバイト先の店長に呼び出された。シフト勤務日の前日の夜、「明日、三〇分くらい早めに来られる? お話があります」とメッセージがとんできた。その三〇分の給料云々の議論をふっかけることもせず、皆守は「大丈夫です」と返信した。
皆守は自分の勤務態度が真面目であることを理解していたし、理工学部修士課程の学生らしいスケジュールの詰まり具合の間隙に糸を通すようにシフトを調整してくれる店長に感謝の念もあった。だから、三〇分早めの出勤依頼に対して、四十五分前に出勤した。夏から秋に切り替わる中途半端な季節で、皆守は薄いニットのカーディガンに袖を通しておきながら、ひじのあたりまでまくりあげていた。
すでに働いている同僚に目線で挨拶をしながら、スタッフルームに入る。店長はもうそこにいて、ペットボトルの水を飲んでいた。コーヒーを持ち込むと店内の香りが乱れるので推奨されない。今日の店内は、レモンユーカリの香りがしていた。皆守の鼻は、ささいな香りの風を目で見るように嗅ぎ分けるようになった。
「お疲れ様です」
「あ、皆守くん。ありがとう、大丈夫だった?」
「大丈夫です。今はわりと、時間あるので」
店長は眉を下げて笑い、「それならよかった」と言った。皆守はその向かいのイスに腰掛けて、相手の顔を見た。これから説教という顔つきではない。修士課程の学生は、今から新しい職場に移って仕事内容を一から覚え直せるほど時間と頭の余裕がないので、解雇ではないと察して安心した。
さて、じゃあ何の話だ、と身構える。皆守はアルバイトの新人では決してないが、シフトに多く入れるわけでもなし、重宝されている店員とは思えない。業務関連の相談なら社員だっているし、もっと古株のアルバイトだっている。わざわざ皆守を選ぶ理由がない。強いて挙げるなら、男の店員が少ないので……と思いはしたが、男でないとできない業務などないに等しい。クレーム対応か? いや、それなら店長が対応したほうが安全だろう。
とまでさまざま予想をめぐらせはしたが、実際の話題は皆守の予想のすべてを振り払っていった。
「このテナント……幽霊が出るって噂あったの、知ってた?」
「幽霊?」
曰く、このビルのこの土地自体が「曰く付き」であるらしい。皆守はそれをうやむやに肯定した。何かいるな、というのは過去の経験と照らし合わせて皆守も察していたのだが、特別に悪さをするわけでもないのでいなしていた。しかし、それは皆守の《力》を察した彼らが遠慮した結果であって、どうも皆守がいないあいだはずいぶん悪さを働いたらしい。朝に店を開けに来ると店内に台風が来たような荒れようであるとか、先月処分したはずのチラシが当日納品されたばかりの新商品チラシに混じっているとか、店内BGMに何ともしれない音声が混じるとか、大小かかわらず事件とも事故ともつかない出来事が多くあったそうだ。
皆守はそのうちのいくつかを、閉店時のミーティングで聞いた覚えがあった。今までは「そういう悪戯をする客がいるから気をつけろ」もしくは「物品の管理を徹底しろ」という意味の情報共有だと思って聞いていたのだが、そういう話ではなかったようだ。
天香學園を出てから、この手の話は枚挙にいとまがないのだと分かった。それまでは眉唾だと思っていたし、そもそも関心すらなかった。都内にはだいたい何かがいるし、彼らも精一杯だ。
皆守は店長の話に文句もつけず、からかいもせず、最後まで聞いた。
同業者に相談したところ、心霊現象の解決に特化した業者がいるというので依頼をしたという。皆守は、まあいるだろうなそういう業者も、と思った。
皆守は相槌だけ打って、話を聞いた。
「それで、申し訳ないんだけど、皆守くんに応対お願いできないかな……と思って。来週に来てもらう予定で、日時はこっちが指定していいらしいんだけど、皆守くんの予定に合わせてもらうから」
「なるほど」
「え、いいの?」
まだいいとは言っていない。だが、断るだけの理由も思いつかなかったので結局、「いいですよ」と答えた。それを聞いて、店長が安心しきった顔をした。まだ根本は解決していないが、今日の店長の課題は皆守からこの答えを引き出すことだったのだろう。
「よかった。みんな怖がっちゃっててね、責任者の私が言うことじゃないけど、私も目の前で物がひとりでに動いて壊れるの見てるし怖くて。そういえば、皆守くんからこういう系の相談受けたことないなと思ってみんなに聞いてみたら、確かに皆守くんが出勤してるときは何も起きたことないかも、て話になったんだよね。皆守くんてもしかして幽霊に強いのか、と思ってお願いしちゃった」
幽霊に強いってなんだ、とおかしくなりつつ「たまたまだとは思いますが」と皆守は言った。店長は皆守のその言葉を聞いているのかいないのか、「じゃあ来週の夜……悪いんだけど遅めの時間で、いつ空いてるか教えてくれない?」と尋ねてきたので、皆守は予定を確認して伝えた。
皆守がしたのはそれだけだった。あとは店長とその業者のあいだでやりとりが進んで、皆守は例外の特別勤務のため、タイムシート上は別日の長時間勤務として給与が出る、と説明を受けたのと、業者との応対の予定を聞いただけだ。特殊な業務内容だとは思ったが、わざわざ指摘しなかった。
皆守はもともと、心霊現象のようなものに敏感なほうではない。だが、知識としてそういうことがあると知っている。現象にまつわる人々の反応も知っているし、そこで真剣な人々の目線も知っているつもりだった。だから反発心もなくこの話を受け入れ、仕事として夜の勤務先に来た。
すべて、天香學園で学んだ。葉佩がそうだった。
高校三年九月の下旬という珍しい時期に来た転校生が、皆守の視界の中で光り始めたのは出会ってまもなくだった。
初めて彼を見たときのことを覚えている。彼と言葉を交わすまでに、皆守はずいぶん長く、彼のことを眺めていた。だから、彼の第一印象については「会ったとき」ではなく「見たとき」と皆守は感じていた。普段、皆守は他人の印象に無頓着だ。何も感じないわけでは決してないのだが、細かく記憶しないようにしている。その皆守をもってしても、彼のことは初めて見たときから覚えていた。
屋上で、晩夏の明るい光が差していた。遮る屋根のないモルタルの原っぱに、若干の汗をにじませながら立っていた初対面の《転校生》は皆守の目にはただ一語、「清廉」に映った。当時の皆守がその単語をその単語としてはっきりと意識できていたわけではない。当時、自分の感じたことを言葉として明確にすることが苦手だった。だが、後から思い返したとき、その言葉があてはまる。彼は「清廉」だった。
たっぷり観察したいだけ眺めてから、皆守が怠惰とも粗雑ともいえる口調で話しかけたとき、彼は皆守に振り返った。
――葉佩です。
さほど大きく口を開けているわけでもないのに、明確にそう聞こえた。まるで、葉佩の口腔内に別の口があるようだった。
葉佩の声には、わずかに暗い陰りがあった。皆守はその理由を緊張だと思った。じわじわと浸食する蒸し暑さが残る晩夏に、葉佩の声は耳に沁みた。涼しげというと無感動な口調なようだが、そうではない。熱意は確かになかったが、それは気を張った者の強ばりだと分かる。
このとき、葉佩との距離は一メートルもなかった。いま名前を知ったばかりの、初対面となる男子高校生を目の前にして、皆守は改めて、「清廉」を感じていた。
皆守は、彼を脅かしたいわけではなかった。だから、意識をして顔つきの剣呑さをやわらげる。そうしながら、あまり近寄りたくないタイプだ、と皆守の嗅覚は反応した。
馬が合わないに違いない。見ているところが違いすぎる。こいつが何を目的にこの學園に来たところで、第一、自分が積極的に関わったとして、何ができるっていうのか。
そう考えていたのは確かなのに、皆守の口はひとりでに動いた。もちろん、口が動いた以上、それは皆守の意思があったに違いないのだが、皆守自身にとってはひとりでに動いた感覚だった。
――ひとつだけ忠告しておく。《生徒会》の連中には目を付けられないことだ。
――《生徒会》?
――いいな?
――ああ……うん。ありがとう。
葉佩が困惑している。その顔を見て、息をついた。彼は眉尻を下げ、皆守の言葉にどう返答すればいいのか分からないというのが明らかだった。こいつは、ふつうのやつだ。なんだ、こんな時期の《転校生》だというから警戒していたが、ぜんぜん……警戒するようなことなかったんじゃないか。
皆守はほっとして、葉佩を正面から見つめた。背丈は同じくらいだ。この年の男子高校生と思うと、平均より少し高い程度だろう。にじみ出る気配は、姿勢のよさと敵意のない目つきのせいだろうか。
葉佩は美しい顔立ちをしているわけではない。体つきはどちらかといえば柳みたいにへろへろだった。制服は緩みなくボタンと留め金をかけている。そんなところが皆守と気が合わない証拠のように思えたが、実際に言葉を交わしてみると堅苦しいわけではない。こんな妙な時期に、こんな妙な學園に転校してくりゃ、そうなるか、と皆守はもはや同情じみた気持ちになった。
ついさっきまで、彼を怪しんでいた自分が馬鹿のように思えた。転校生だというそれだけのことで、侵入者だと決めつけていたようだ。馬鹿はどちらだ、と皆守は自分に呆れた。
警戒するようなことはないと思うと、とたんに面倒になった。
――あとは勝手にしろ。
アロマを前歯で噛んだ。そうやってアロマを固定して立ち上がり、今しがた葉佩と八千穂が入ってきたドアを開いて屋上から出た。呼び止められることはなかった。光の遮られた薄暗がりの踊り場で、皆守は立ったまま、背中でドアの向こうを探った。
能天気な八千穂の声が聞こえる。内容まではっきりと聞き取ることはできないが、高い声の響きのような部分だけが聞こえていた。一方の葉佩の声は聞こえない。声が特別に小さいとは思わなかったが、このドアを超えてくるほどの強さがないというのは理解できる。
ここでずっと様子を窺っていなければならないほど、あの転校生が怪しいとは思えなかった。
皆守は噛んでいたアロマスティックを唇から離し、細く煙を吐いた。煙草の煙ほど濃くはないのだが、熱されたラベンダーの香りが高く舞う。皆守はこれがあるから、隠密活動に向かない。
そもそも、世間一般の生徒会活動に隠密もクソもあるかよ、と思うと馬鹿馬鹿しい。
皆守は背中を浮かせて階段に足を掛けた。
晩夏、まだ廊下は背筋に汗が滲む蒸し暑さだった。ここから先、どこに行っても暑さからは逃げられない。もっとも、逃げられないのは暑さからばかりではなかった。あの転校生を危険視しているのは、皆守よりもむしろ他の面々だ。皆守のクラスからはたった半年前にも《転校生》がいた。それが皆守の管理不足だと断じられていて、これ以上、皆守は網の目から取りこぼすことができない。もちろん、無視したってよかったが、今までに積み上げられた義理が無視を許さなかった。
皆守はラベンダーの香りを吸い込む。一度乾燥して水気の抜けたラベンダーは、みずみずしい植物の香りというよりも、香りそのもののようだ。ラベンダーの本体は花でもなく種でもなく、香りなのだというような強さがある。その香りが皆守の中をぐるりと混ぜて、ありとあらゆるものの境目をあいまいにした。
おかげで、皆守は階段を降りきって、廊下を歩いて教室に入った。残りの授業の時間割は把握していた。
結論からいえば、葉佩は警戒に値した。転校初日から八千穂と連れたって墓地に降りたし、遺跡の中の葉佩は周囲を探る目をしていた。自分の第一印象はあてにならない、と皆守は思う。人間を見る目というのが、致命的に欠落しているのだろう。皆守にはこの葉佩が校則を破るような破天荒にはみえなかったし、學園の地下に遺跡が広がっていると知って、それをどこかに報告するでも相談するでもなく、探索することを選ぶたちにもみえなかった。もっと生真面目な、決まり事に従順な優等生だと思っていた。
トレジャーハンターね、と半ば寒いものを聞いた気持ちで、皆守はしらじらと葉佩を横目で窺った。葉佩はあの柳の体にアサルトベストを着込んでいた。黒いズボンは丈夫そうな厚手で、靴は安全靴だった。
多くのエンターテインメント作品におけるトレジャーハンターというのはもっと年長で、高校生の子どもがいてもおかしくないような年頃の肉体派ではなかっただろうか。それもこれも、イメージにすぎないということか。
確かに、葉佩は細いが華奢ではない。柳のようであるのも、すばしこく動くことができる利点が大きいのかもしれなかった。
――ねェねェ、葉佩クン。そのポケットって何を入れるの?
――ここ? ここはマガジンポケットっていって、弾倉を入れておくところ。
――ダンソウ?
――銃の部品。
――えッ、でも葉佩クン、銃なんて持ってないよね?
――うん、おれは持たない。
八千穂は無邪気に、あれこれ尋ねてははしゃいでいる。葉佩にとっては鬱陶しいのではないかと思われたが、彼は八千穂の相手を面倒がる素振りもなく、ひとつひとつ答えた。
――じゃあ、これはこれは?
――これはワイヤーガン。引き金をひくとね、ワイヤーが向かいに飛ぶようになってる。おれが充分気をつけるけど、危ないから。おれが下がっててって言ったらおれの前に出ないようにして。
――うんうん、分かった。それじゃあ……こっちは?
――こっちは内緒。
――秘密道具ってわけだね!
葉佩が笑ってから、皆守に顔を向けた。皆守はアロマスティックをくわえたままぼんやりとしていたので、その視線にわずかにひるんだ。
――……眠い?
彼はやわらかに笑って、そう尋ねた。皆守はため息をつくようにああ、と応じた。
――戻って寝る?
――ここですごすご帰るくらいなら、元から来ない。
――そうか。ありがとう。
何に礼を言われたんだ、と皆守が訝しむあいだに、葉佩は身なりを整えた。足元や頭上を探るためか、杖をついている。その姿で「行く」のだと察して、八千穂がぱっと葉佩の後ろにつく。先ほど葉佩に教えられたことをしっかり守るつもりらしい。自然と、皆守はしんがりを務める形になる。皆守はそれが一番気楽だった。どこを見ていても、何に注意を払っていても、先を行く二人からは気づかれにくいのは助かる。
皆守は、墓地の土の下、湿り気を全身に感じていた。背筋が凍えるような湿り気が、行動を阻む。こんなところで前進することほど困難なことはない。いつだってここは、皆守をより深い地中へと縛り付ける。
視界がこの闇に順応しているのを感じる。目前を進んでいく八千穂と、周囲に気を配る葉佩がはっきりと見えた。ここは常にうっすらと明るいが、昼間と同様とはいかない。塵が舞って視界が悪いのはもちろん、明暗が一定ではないので落ち着かない。明るく開けているかと思えば、暗さで足がすくむようなところもある。皆守には慣れたランダムさも、前を行く二人にとっては未知だ。
早く上に戻りたいと思った。早く、こいつらを連れて上に戻りたい。そして二度と、ここに連れてきたくない。
葉佩は階段を上り、それに続いた。彼は途中で一度、背後を窺って八千穂の様子を確かめて、ちらと皆守の顔も見た。皆守は顎をしゃくって、葉佩に先をうながした。早く済ませたかった。
彼は杖先で扉の様子を確かめ、細く開いた隙間を何らかの基準で確認してから開いた。ガスだまりがないかどうか、危険な生物の気配がないかどうかを確認しているんだろう、と皆守は思った。
このエリアのことは詳しくないが、皆守の知識から考えるとここにも人を襲うものがいるのではないか。さきほど、葉佩は銃を持たないと言った。それが、法律を遵守する気持ちからなのか、そもそも現実のトレジャーハンターというものはみな銃を持たないからなのか、葉佩自身のこだわりなのか、それ以外の理由なのか分からない。こんな異様なところに武器もなにもなく素手で入るというのはさすがに気を抜きすぎているように思った。杖が仕込み杖か何かなのだろうか、だとすれば安心できる。
安心したがっている自分に気がついて、皆守は笑いそうになった。馬鹿らしい。
葉佩は扉を開いて、耳を澄ますようにした。乾いた土の無慈悲な静寂が、回廊の奥から吹き寄せてきて皆守のアロマの煙を揺らす。それ以外の、余計な音も気配もなかった。
――入り口には、何もなさそうだね。ちょっと埃臭いくらいで。
葉佩はそう言って、肩に入っていた力をゆるめた。
――入っていいかなあ。
――うん、足元崩れてるから気をつけて。
前を行く八千穂が気軽な足取りでぴょんと扉を越えた。後に続いて、皆守も中に入る。
外からも見えていたが、細い通路が伸びている。その両脇に等間隔で柱が立っていて、その几帳面さが不気味だった。早く出て行くに越したことはない。
葉佩は見ているこちらも強張るほどの緊張をゆるめただけで、相変わらず警戒の眼差しを前に向けている。何かを掴むまで、ここから出て行くとは言い出さないだろう。皆守は長丁場を覚悟した。
だが、探索を続ける葉佩の足は、途中で止まった。回廊を半分ほど過ぎたあたりだった。
――葉佩クン? 何かあった?
テニスラケットを握りしめる八千穂が問いかける。彼の肩は再び張り詰めていた。
――どうした。
皆守も声を掛けた。ここで黙っているのも居心地が悪かったし、葉佩に何か気がかりがあるのなら、それを盾にとってここから出て行かせるつもりだった。だが、葉佩は皆守の声にすぐに答えた。
――いや、ごめん。気のせいかも。
そう答えた葉佩だったが、次のタイミングでは素早く撤退した。回廊の左右に収められている土偶のような人形のうち、欠けのある一体を直してやれるのではと話していたところだった。厚い手袋をはめた手で塵と苔ではりついた箱の蓋を持ち上げて中身を取り出す葉佩の手つきは危なげなく、皆守も感心しながら眺めた。こいつもずいぶん肝が据わってるんだな、と思った矢先だった。
棺のような形をした装飾ががたんと音を立てる。葉佩はそれに大仰に反応した。その大げさな驚き方と過敏さが気になった。
棺の中からミイラじみた死体の塊が意思をもったように踏み出してきたとき、葉佩は驚くほど素早く動き、八千穂と皆守をまとめて回廊へ押し込んだ。
――戻ろう。
――うん!
八千穂は力強く答え、先ほどくぐり抜けた扉に向けて走る。この場では葉佩の言うことが第一なのだと信じているらしい。皆守も、葉佩に従った。彼が皆守を入り口へ入り口へと押し込むので、皆守が先導する形になる。背後の葉佩を疑うと、白い顔をしていた。あんな得体の知れない化け物じみたものを見ればこうなるか、と思う。
葉佩も、じゅうぶん得体が知れない。このような異様な遺跡に手慣れた様子を見せもするし、遺跡の住人に気圧されて敗走もする。まだまだトレジャーハンターとして新人だからと言ってはいたが、あまりにアンバランスすぎないだろうか。皆守に地の利があるとはいえ、この様子では皆守のほうがよほどこの遺跡の探索が上手そうだ。
三人で扉を越えると、葉佩が勢いよく扉を閉めた。そのまま、彼はずるずるその場にへたり込む。なんだか哀れに見えた。新たな仕事場に、こいつもこいつでそれなりに浮き足だった気持ちだったのではないだろうか。それが、実際に入ってみれば出迎えるのは奇怪な化け物とくれば、腰も抜けるし無様にもなろう。
こんな目に遭えば、もう遺跡に入ろうとは思わないに違いない。
――葉佩クン、大丈夫? あたし、実はよく見えてなかったんだけど……何かあったの?
――落ち着かせてやれよ。
葉佩は肩で大きく息をして、塵を吸い込んだようで咳き込んだ。
アロマの火を遺跡の壁で消し、皆守は葉佩の横にしゃがみこむ。横顔を見たが、先ほどよりもずっと顔色が悪かった。続けて咳き込むので、皆守はその背中に手のひらをあてた。
――上に出るか。ここじゃ、空気が悪いだろ。
――ああ、……ちょっと、一度上に。悪い……こんなの、予想してなくて。
――『一度』? もうやめとけ、お前、顔が白いぞ。
――いや、いいんだ。混乱しただけだから。
――はあ? そんなレベルじゃないだろ、お前が倒れたら、俺たちは共倒れなんだからな。
皆守が葉佩を責めるような言い方をすると、彼は皆守に目を向けた。そして笑う。皆守は、嘘で彼のことを責めたことを糾弾されたような気になった。続きが言えなくなった皆守に、葉佩が言う。
――そうだよな、不安にさせてごめん。でも、大丈夫なんだ。一度見たら、覚悟できるからな。
葉佩は立ち上がって、八千穂に大丈夫か尋ね、頭上の墓地へ出て行く綱に手を掛けた。岩戸からは青白く月の光がさしている。葉佩が額まで押し上げているゴーグルが光を反射し、瞳が四つあるようだった。四つの瞳すべてが輝いていた。
葉佩が見るなりきびすを返した遺跡の化け物のことを思い返し、皆守は気が塞いだ。あれで止まらないなら、何で止めてやればいいのだろう、と思った。